ピース大阪の展示物の現在はどうなってるの?実際に見学して来た!


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2016年某日・・・
小学校時代に学校で見た事がある「うしろの正面だあれ」と言う戦争アニメを閲覧していました。

 

戦争の悲惨さはわかっていたつもりでしたが、学校で習った歴史やその時代背景も風化しつつあったのです。
戦争アニメを見た事が良いきっかけになったので「ピース大阪」に勉強をしに行こうと思い現地に向かいました。

 

2015年は戦後70年の節目と言うわけですから良い機会でしょう。
今回は、そんな「ピース大阪」の現地取材のお話です。

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1. ピース大阪の展示物

ピース大阪は1991年に大阪の平和の実現を目指し、世界平和に貢献できる事を目的に開館しました。
2015年にリニューアルされ展示物も大幅に変化したのです。

 

言われてみれば中学時代に社会見学に来た時とは展示物が全然違いました。
当時は白黒のグロ写真なんかもあったのですが、現在は一枚も見当たりません。

 

現在は大阪市民の身近に起こった悲惨な出来事を伝えるため、空襲を中心に展示されています。
大まかに分類するとこのような展示室があります。

〇 ピース大阪 展示室 1階

  1.  焼き尽くされた大阪
  2.  空襲の恐怖
  3.  米軍の戦略と大阪空襲
  4.  焼け跡ジオラマ(プロジェクトマッピング映像)
  5.  実物大防空壕
  6.  特別展示室
  7.  講堂
  8.  刻の庭

〇 ピース大阪 展示室 2階

  1.  昭和20年、大阪は焼き尽くされた
  2.  日進・日露戦争から太平洋戦争まで
  3.  新兵器の登場と被害の増大
  4.  大大阪と「軍部」大阪
  5.  子供たちの戦時下のくらし
  6.  戦争と人々のくらし
  7.  空襲前夜~次は大阪か~

〇 ピース大阪 展示室 3階

  1.  焼野原から大都市へ
  2.  占領下の大阪と闇市
  3.  発展する大阪と人々のくらし
  4.  今、この瞬間にも平和は脅かされている
  5.  大阪の復興からみた平和の発信
  6.  映像コーナー
  7.  図書室

それでは館内の展示物をいくつか見て行きましょう。

1-1. ピース大阪 1階展示室

元々は2階展示室にあったものが、現在は1階にまとめられていました。
より身近に空襲の悲惨さを感じられるように、昔とは違った展示室に変わっています。

 

戦時下の日本において人々の生活に恐怖が降り注ぎます。
そう・・・「空襲」です。

 

ある日突然空襲警報が街中に鳴り響き、爆弾が雨のように落ちて来て全国の主要都市は焦土と化しました。
住宅はもちろん、重要文化財・国宝も焼失したようです。
その時に猛威を振るったのが・・・

 

写真の左側に展示されている「集束焼夷弾」でした。
太平洋戦争時の日本家屋はほとんどが木造であり、この焼夷弾に取って格好の的だったのです。

 

鉄のバンドで一本ずつ集束された焼夷弾が、空中でバラバラになり家屋の屋根を貫通。
そこから内部の焼夷材が燃焼し、人々の住む家を焼き尽くしたのです。

 

戦時中は本土空襲で約2040万発も落とされました。
各地域で「防火訓練」もされていましたが、焼夷弾の猛威は凄まじく全く役に立ちませんでした。

その焼夷弾と共に落とされたものが写真右の「1トン爆弾」でした。
模擬原爆と呼ばれ、地上に落とされた際に数メートル幅の穴が開く程の威力だったそうです。
この爆弾から逃れるために人々が避難に使用した場所が・・・

こちらの防空壕です。
「おぉ!これに入っておけば安全やんっ!」と昔は思っていたのですが、実際は爆弾が直撃したり蒸し焼きになったりと被害に合わない確率は低かったようです。

 

画像は防空壕の複製ですが、実際に中に入ることができ空襲の爆撃音などを体感できます。
初めて入った感想は「恐怖」でしかありませんでした。

空襲の様子はこちらのプロジェクトマッピングでも閲覧可能です。

1階では他のも特別展示室があります。
ここでは戦争体験者の方々が描いた、空襲の写真などが閲覧可能です。
実際の体験談を元に描かれているので、戦争の恐怖がひしひしと伝わってくるようでした。

戦争体験をされた方々の絵は、ピース大阪内部のスロープでも閲覧できます。
ここは「証言と体験の回廊」と呼ばれるところです。

講堂

特別展示室のすぐ横では講堂があり、提示映画を閲覧可能です。
僕の周りにはご年配の方ばかり目立ちました。
プログラムは下記のようになっています。

〇 映像プログラム

  •  1回 10:30~11:00  (アニメ)学童疎開 「十六地蔵物語」
  •  2回 11:30~11:50  (アニメ)消えさらぬ傷あと「火の海・大阪」
  •  3回 14:00~14:30  (アニメ)学童疎開 「十六地蔵物語」(1回目と同じ内容)
  •  4回 15:30~16:05  「大阪大空襲―焼きつくされた大阪の街―」

この講堂の入り口に平和を願うメッセージカードがありました。
そこにはこんなメッセージが・・・
「戦争の悲惨さを風化させないためにも若い人達にこそ、ここに来てほしい。歴史は繰り返すと言われますし・・・」

 

戦争を実際に経験された方のメッセージなのでしょう。
若者よ!ピース大阪に向かうべし!
戦争を二度と繰り返さないためにも我々は過去の悲惨な出来事を知る必要があるでしょう。

 

以上が1階展示室の紹介です。 
次は2階に行きましょう。

1-2. ピース大阪 2階展示室

ピース大阪では2階が受付となっているため、実際は2階からがスタートです。
ここでは戦時中の歴史や人々の生活を学ぶことができます。

まず最初に入る場所が、こちらの「昭和20年、大阪は焼き尽くされた」と言う展示室です。
ここでは空襲の被害にあった大阪の街の写真が閲覧可能となっています。
画像ではわかりにくいですが、奥のガラスケースに「被弾した水筒」が展示されています。

ここは日清戦争から太平洋戦争の歴史が記されています。
戦時中の出来事をまとめてみました。

〇 昭和元年から終戦までの出来事

  •  1926年 昭和元年
  •  1931年 満州事変
  •  1932年 五・一五事件
  •  1936年 二・二六事件
  •  1937年 日中戦争
  •  1938年 国家総動員法
  •  1940年 日独伊三国同盟
  •  1941年 日ソ中立条約
          太平洋戦争
  •  1945年 広島・長崎へ原爆投下
          ポツダム宣言受諾 終戦

昭和の歴史の中で最も深く印象に残っているのは、やはり、広島・長崎の原爆投下ではないでしょうか?
中心の温度接し100万度の熱線、中心部から半径2kmの建物を全壊させる爆風、そして・・・その後に残る放射線。

 

人類史上最も最悪な核兵器が日本に・・・しかも何百年前では無く数十年前に起こったのです。
当時は終戦に近づくにつれ戦争は激化。
国民一人一人の生活を脅かして行きました。
ピース大阪は、そんな国民の生活が数多く展示されています。

 

ここは戦時下の子供達の遊びや、疎開児童と家族の手紙等を展示しています。
当時の学習机を改良して、タッチパネルで情報検索が可能です。

 

同展示場に出征する兵士の手紙や、戦地からの手紙など当時の人々の思いを綴った物があります。
この肉筆を見ていると、その時に手紙を書かれた人がどんな気持ちだったか伝わって来ました。

写真は戦時中の民家の様子を表した展示物です。
電力消費を抑え、敵にわからないようにするために「灯火管制」が行われていたのがよくわかります。

戦時中の国民の生活は非常に質素なもので食事も栄養価の低いものばかりでした。
米や魚、肉などは基本的に政府からの「配給切符」と交換だったそうです。

 

子供たちの大好きなお菓子も敵国の物は厳禁で、砂糖も無いため人工甘味料のサッカリンが代替え品でした。
また「金属類回収運動」により金属類は持って行かれ、水筒なども陶器製の代用品が活用されていました。
ここまでして国民一丸となり「戦争勝利」を信じて戦っていたのでしょう。

1-3. ピース大阪 3階展示室

昭和20年、8月15日正午。
昭和天皇の「玉音放送」により、人々は長い戦争の終わりと敗戦を知りました。
この3階の展示室には、戦後のGHQによる支配下から高度経済成長を経て発展する大阪の姿を見学できます。

テレビや洗濯機、冷蔵庫等の家電や「てんとう虫」の相性を持つ小型車の普及により、「マイカー」という言葉が生まれました。
他のジャンルを見てみると、手塚治虫先生や黒澤明監督が新しい作品を数多く生み出した時代でした。

 

戦時下の暗黒時代を超えた新しい日本の幕開けです。
当時の人々の目には、何がどう写ったのかはわかりませんが、戦時中では味わえなかった出来事を感じた時代だったそうです。

しかし、日本の戦争が終わったとしても、世界のどこかでは今でも戦争が行われています。
現在も平和は脅かされているのです。
こちらの展示室に訪れると、我々一人一人が何をすべきか考えさせられます。

ピース大阪では「映像資料室」もあります。
こちらで平和について学習するのも良いでしょう。

2. ピース大阪を見学した感想

 

刻の庭

大阪空襲死没者を追悼し平和を記念する場・・・「刻の庭」
閉館間際、一人たたずんで物思いにふけっていました。

 

平和である・・・。
今の日本は眠っている間に空襲警報も鳴らないし、爆弾の雨が降ることもありません。
ある日突然、敵機がやってきて機銃掃射で命を落とす事もないでしょう。

 

お腹が空いたらすぐに食べ物にありつけ、毎日お風呂にも入れるし暖かい布団で安心して眠れます。
この平和の時間を作ってくれたのは、当時を生きる僕らの祖父母の世代の方々が日本の平和の「礎」を築いてくれたおかげでしょう。

 

国を想い民を想い、散っていった特攻隊の方々。
戦地で戦った兵隊の方々、戦後の日本の経済を支え、見事復興を成し遂げた方々。
本当にありがとうございました。
こんな事を思いながら、「ピースおおさか 大阪国際平和センター」の旅は終わりを迎えたのです。

3. ピースおおさか 大阪国際平和センター 詳細情報

それでは今回の訪問場所「ピースおおさか 大阪国際平和センター」の詳細情報を紹介して終わりにしたいと思います。

〇 公益団法人 大阪国際平和センター

  •   住所 〒540-0002 大阪市中央区大阪城2番1号
  •  TEL  06-6947-7208
  •  FAX  06-6943-6080
  •  入館料
     小中学生 無料(要生徒手帳)
     高校生 150円/1人
     団体100円/1人(20名以上)
     大人  250円/1人
     団体200円/1人(20名以上)
     ※65際以上、障害者の方は無料です。
  • 最寄駅 JR大阪環状線「森ノ宮駅」
         大阪市営地下鉄「森ノ宮駅」
  • 休館日 月曜日(月曜日が祝日の場合、翌火曜日が閉館)
        国民の祝日翌日
        年末年始(12月28日~1月4日)
        毎月月末(館内整理日)
  • 交通案内図

 

いかがでしたか?
「ぴーす大阪」は大阪城公園内にあるので、大阪城を見学した後に時間があれば行ってみるのも良いかもしれません。

 

すぐ近くに「もりのみやQ’s MALL」もあるので、見学終了後はそこでゆっくりお茶も楽しめます。
社会見学にもぴったりなので、どの年代の人にもおすすめできる場所です。

 

ちなみに、今回ブログで紹介した館内の写真ですが事務所にて許可証を発行してもらい撮影しております。
写真を撮影される方は、かならず手続きをして下さい。
それではまた。

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