お寺巡りを関西でするならば、四天王寺は抑えないと後悔します!


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皆さん、こんにちは。
赤鬼です。ヽ(・∀・)ノ

8月1日・・・行ってきました。
仏教の歴史と重要文化財の宝庫。
四天王寺へ!

関西でお寺巡りをするならば、ここ「四天王寺」は行くべきでしょう♪
今日は、そんな四天王寺のお話です。

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1. 四天王寺入口

四天王寺の聖地に足を踏み入れる時に出迎えてくれるのが、
大きな「石の鳥居」です。

四天王寺鳥居

建立当初は木造でしたが、永仁二年(1294)忍性上人により花崗岩による石造に改められました。
吉野の金峯山寺の銅の鳥居・宮島の厳島神社の大鳥居・そして四天王寺の石の鳥居は、
日本三大鳥居」に数えられています。

鳥居の中央にある銅の額には「釈迦如来転法輪処当極楽土東門中心」と書かれており、
筆跡は弘法太子、小野道風と言われています。

平安時代からの山形市成沢の八幡神社の鳥居と、同市小立にある石鳥居につぐ古の物であり、
昭和9年1月30日に重要文化財に指定されました。

この石鳥居をくぐると、右手にこんなものがあります。

引導石

この「地面からポコっと出た石」は、
引導石」と呼ばれ、お釈迦様が「生者必滅 会者定離」の
無常の迷いの世界から、人々を究極の悟りの世界へと導く事を指したそうです。

ちなみに「生者必滅」とは「生きている物は必ず死ぬ」と言う意味で、
「会者定離」とは「出会ったものは必ず別れる」と言う意味です。

さぁ次に行きましょう♪

「引導石」を後にし、さらに進むと・・・

極楽門

西大門」に着きました。この門は、通称「極楽門」と呼ばれ、
先程の石の鳥居と共に、浄土信仰の中心地として人々の信仰を集めていました。

創建は推古天皇元年(593)で、昭和36年に、松下幸之助氏の寄進により再建されました。
この門に入ると柱には「転法輪」が取り付けてあります。

轉法輪

この「転法輪」は仏教の象徴であり、お釈迦様の教えが転じて他に伝わるように輪に例えたものです。
自情碁意」(心が清らかになりますように)と唱えながら時計回りに回転させます。

僕のように邪な心の者は、一万回くらい回転させないといけませんな・・・

さぁ、この極楽門を抜けたら、いよいよ「中央伽藍」に突入ですよ♪

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2. 中央伽藍

四天王寺の最大の見どころ、それがここ「中央伽藍」です!
有料となりますが、中に入る価値は十分にあります。

それでは順にみていきましょう。
まず「西重門」で300円を支払い中に入ると、「金堂」と「五重塔」が眼に映ります。
まずは「金堂」を紹介しましょう。

金堂

この「金堂」の中には、四天王寺の本尊である「救世観世音菩薩」が安置されており、
その四方には「持国天」「増長天」「広目天」「多聞天」の四天王がおられます。

堂内の西に「舎利塔」、東に「六重金塔」が置いてあり、
毎日午前11時に「如意輪供」の秘法を行い舎利出しの法儀を奉修しています。
六重金塔には信者の精霊塔婆を安置しています。

金堂2

現在の姿は、昭和36年3月に推古天皇元年の創建当初の姿を再現したものです。
この堂内には「中村岳陵画伯」によって、お釈迦様の生涯を示した壁画があり、
お釈迦様の歩みを学ぶことができます。

余談ですが、お釈迦様が誕生した時に、七歩歩んで右手で天を、左手で地を指し、
天上天下唯我独尊」と言う有名なエピソードがありますが、
後世の人が残した、お釈迦様を神格化するための作り話だそうです。

また、お釈迦様の本名「ゴータマ・シッダールタ(シッダッタ)」とは、
「ゴータマ」が「優れた牛」、「シッダールタ」が「目的を達成した人」と言う意味があります。

そんな お釈迦様が泰安されているのが・・・

五重塔

五重宝塔」です!
五重宝塔の現在の姿も、推古天皇元年(593)聖徳太子の飛鳥時代当初の姿を再現したものです。
聖徳太子の時代から、度重なる戦火天災により伽藍が焼失し、何度も復興しました。
今の五十宝塔は、昭和34年には8度目の再建が完了したそうです。

塔の高さは39.2m、相輪の長さは12.3m。
内部には山下摩起画伯による壁画があります。

そして、塔を登っていくと仏像が何体も安置されており、
登りきると、大阪市内が一望できます。
ただし、当然のことながら空調設備が無く、とても暑いです

五重宝塔は土足禁止なので注意しましょう♪

五重宝塔の見学が終われば、北に位置する「講堂」を目指すのですが、
そこに行く前に「東重門」を見学しましょう。

「東重門」には歴史的価値のある物があります。
それがこちら

排水口

排水溝です!
四天王寺は我が国最初の大寺と言われており、
今回、僕が見学した この伽藍は、お堂や塔が南北一直線に並んでいます。

これは、お隣の中国や朝鮮の上代寺院の様式を継承し、「四天王寺式」と呼ばれています。
戦争が終結し、昭和31年、伽藍復興が行われました。

その時、遺跡発掘調査の結果、お堂や塔の位置が全く同じ場所であると実証されました。
幾度となく再建されたお堂や塔ですが、ちゃんと寸分の狂いもなく元の位置に建てられたのですね♪

さて、話は排水溝にもどりますが、もともとこの排水溝は、
金堂の雨落溝の排水目的で作られたと考えられました。
廃棄された瓦を両端に積み上げ、その上に奈良時代の平瓦を載せた簡素な作りで、
1200年もの間、この姿で保存されていたそうです。

ん~、その史実を知ると、とてつもない長い年月を経て現存しているのですね。
趣があります

この説明を見ただけでも、四天王寺がどれだけ大昔から存在するのかがわかりますね♪ 

さて、歴史的に貴重な物も見れたので、そろそろ最後の「講堂」に行きましょう!
・・・って、思ったらちょうど時間となりました
続きは次回となります。
それではまた

・次回予告
中央伽藍の見学もいよいよ大詰め。 最後の講堂でついに あの方が現れる!
その時、今までの赤鬼の数々の悪行が露呈する!?
赤鬼が最後に見た物とは!?
そして講堂にはいったい何が待つのか~!?

次回、一鬼当千!
「赤鬼大ピンチ!?〇〇が遂に降臨し、鬼を裁く!」

仏像

次回もお楽しみに~♪

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